物件探しの話

2019年。いよいよ独立に向けて準備だ。
準備といっても何から始めればいいのか。

物件探しだ。

18歳で高校を卒業してその後すぐ東京へ出てきて最初に働いた街が新宿で、その後一度練馬の方へ行ったものの、再度新宿で修行を積んできた。新宿という街に愛着がある。
物件探しに時間が掛かってでも新宿でやろうと決めていた。
西新宿ヨドバシカメラ周辺ではパーリンカというアイテムの属性がBarB&Fと被りすぎてしまうこともあり、新宿の他のエリア(小滝橋通り・三丁目)を中心に探した。

流石に新宿に固執しすぎていても埒が明かないので他のエリアも視野に入れ始めた。
その中で注目していたのが、オリンピックに向けて都市開発が進む新橋虎ノ門エリアだ。
新虎通りの「東京シャンゼリゼプロジェクト」についても調べた。

結果としてオリンピックは延期になってしまったこともあり、この近辺でなくて良かったと思っているが当時は本気だった。
飲食店ドットコムという飲食店向けの物件検索サイトがある。ここに掲載されていた新橋の物件で条件が良いものがあった。具体的な住所は掲載されていないが2丁目ということは記載されていた。1日でも早く…という思いで内見申し込みをしたものの他の物件との兼ね合いもあり、今すぐ見たいという状況に置かれていた。そこで何をしたかというと、新橋二丁目のビル群をしらみつぶしに片っ端から見て、掲載されている物件がどれなのか見に行ったこともあった。今考えると馬鹿げている。それくらい必死だった。

視野を広げて探し始めた際に他にも注目していたエリアは複数あった。
恵比寿、南青山、神楽坂だ。
その中でも菅原が20年ほど前に住んでいた神楽坂を重点的に見ることにした。
世間一般的に「お洒落」と言われるような位置付けの街だ。いや、松沢の勝手な偏見と先入観かも。田舎もん丸出しである。
ただそんな漠然とした理由だけではなく、ちゃんとした理由がある。

バーテンダーならわかると思うが自己紹介をする時にお店の名前を言う頭に街の名前を一緒に名乗る傾向にある。以前勤めていたバーを例に出すなら「西新宿Bar BenFiddichの松沢です」といった感じだ。「(街の名前)(店の名前)(自分の名前)」と言う感じで名乗るのだ。全員が全員そうではないが自分の周りにはこういった方が多い。街の印象からお店の印象もある程度推測されてしまう。

コンセプトは一年前に決まっていた。言わずもがな【パーリンカ】だ。
店名も【Bar Pálinka】にしようと決めていた。
その上で街の名前を付け加えてみると…

「虎ノ門Bar Pálinkaの松沢です。」


うーん…しっくりこない



「恵比寿Bar Pálinkaの松沢です。」


ビール美味しそう。



「神楽坂Bar Pálinkaの松沢です。」


あー、これ正解ですね。


店名や席数、お店の雰囲気などは独立を目指すバーテンダーならすでに妄想の段階でおおよそ決めているだろう。松沢も例外ではない。
今まで日本で扱われてこなかったお酒を初めて特化して扱う以上、自分の行いでこのお酒のイメージが確立してしまうのではないか、無責任なことはできないと思い、自分なりの先入観でありながら、一般論であろう街のイメージとの関連性を踏まえた上で決めた。

何件か申し込みは行ったが、金銭面や年齢が年齢ということもあり、縁がない状況が続いたが、条件面で決して妥協しない最善の物件選びを諦めず継続してきた。

様々な方にご協力を頂いたが、人気な街である事、2020年の東京オリンピックを目前に、都内中で熾烈な競争があった事を背景に、だいぶ苦戦を強いられてきた。

しかしある日、菅原の知人から現在の物件を紹介して頂き、契約を決めた。

物件は縁だ、と諸先輩方には常々言われてきたが、今までの苦労が嘘のようにスッと決まった。もともと一般住居として造られているこの物件で飲食店ができるか否かというレベルからの問題があった。結果的に飲食店を営業することに関しては問題はなかったのだが、この時はその比ではない大きな問題がまだ山積みとなっていることを僕達はまだ知らない。
6月であった。


内見時の写真。今では珍しい螺旋階段が特徴的。


新橋しらみ潰し作戦から数えても、物件を決めるまでにおおよそ3か月かかった。



【ふと横を向けばパーリンカ】
見番横丁という、元々置屋が並んでいた歴史のある通りである。なんならこの物件も置屋だった頃があったと聞く。
2階はバー、3階は事務所として利用できるこの物件は異業種の塊である僕達にはぴったりな物件であった。
"神楽坂"という日本の伝統を重んじた上で、国外文化を率先して受け入れ、それが根付いている街というのは、ハンガリーの蒸留酒「パーリンカ」を扱う当店にとって最良の街だ。フランス大使館が元々あったことの影響も大きいだろう。
近隣には十数軒。街全体では約百軒のバーがある。競合他社が多いのは大変じゃないのか、と言う方ももちろんいるが、松沢はそう思わない。バーが多いということはバーを愛するお客様が多くいるということ。周辺にバーは多いほうが良い。
そんな飲食店ひしめき合う神楽坂の中でも最良の立地、最良の物件に出会うことができ、この機会を逃すまいと飛びついた。

東京都新宿区神楽坂3-6-63 2階

花柳界の面影が今尚残る神楽坂見番横丁。
ハンガリーの蒸留酒「パーリンカ」を専門で扱う世界唯一のバーはここに身を置くことを決めた。

引っ越し作業で、簡易ベッド(会社に泊まれるように)を螺旋階段の“外側“から無理やり搬入した当時は、今後の開業前に襲いくる悪夢を知る由もなかった。

次回内装(デザイン)について

 

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